子供の頃から、人形とぬいぐるみにはあまり関心がなく、信心深さも特になかった私。
なのですが、気づけば家にちらほらと、人形・ぬいぐるみ・縁起物が並んでいました。
「好きだから」でなく、気まぐれで買っていた。
怪談話が好きだったこともあって、人形は昔から怖いイメージがあり、ぬいぐるみは手垢やホコリで汚れていったり、ダニの巣窟になっていくのがいやで、昔からあまり興味を持っていませんでした。
それでも時々買っていた理由は、それらを持つ「子供らしさ」「女の子らしさ」「可愛げ」に少し憧れる気持ちがあったからです。
仕事運UPや厄除けの縁起物など、お守り系のグッズも、「あやかっちゃおうかな」と思い、時々買っていました。
お土産屋さんで売られているような、ライトな「お守り人形」(量産型のミニシーサーとか)を買ったりしたことも。
楽しむというよりも、「気を遣う」アイテムだった。
そうして買ったはいいものの、
ぬいぐるみは
「極力さわらない」
「なんなら包装の透明ナイロンに入れたまま」
「できるだけ埃がつかないように、クローゼット内の棚の中に収納」
という厳重保管をした上に、
お守り系も、汚さないよう落とさないよう、気を遣っていました。
元々人形をちょっと怖いと思うタイプなので、魂や念が宿ってそうで、家に置いてある間、少しドキドキもしたり。
自分には向かない、と気づいて手放しました。
結果、自分にとっての人形・ぬいぐるみ・縁起物は、
「大好きだから持ってるわけではない」
「あやかる安心感よりも、粗相をしてしまった場合の不安感のほうが勝ってる」
そんなアイテムだったな、と改めて気づいて、まるっと処分した次第です。
まとめ
お守り系のアイテムを手放すときも、結構気を遣いました。
「なにごとも気の持ちようだから…!」ということで、神社に行って引き取ってもらったり、ネットから人形供養を申し込んだり、わりと手間暇かけてます。
こうして書きながら振り返ると、変な無理をしていたんだな、と自分にびっくりします。