みにまるなひげ

引っ越しの多いミニマリスト漫画家「ひげ羽扇」のブログ。

【読書メモと感想】2020年の今読んでもリアル。完全監視社会の恐怖を描いた近未来小説「一九八四年」。

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ジョージ・オーウェル著の「一九八四年 新訳版」(早川書房)を読みました。
 
1949年に発表された本作は、近未来1984年を舞台に、「ビッグ・ブラザー」と呼ばれる絶対的党首によって支配された全体主義国家と完全監視社会の恐怖を描く、世界的に有名なディストピア小説です。

オーウェルの最後の著作でもあります。

インターネットやAIの発達により、現代がまさにこの「1984」の世界に向かっているんじゃないか、という話を耳にすることも増えてきた近年。

AIの話も都市伝説も好物なので、気になって読んでみました。

グッときた部分の読書メモと感想をまとめます。

「一九八四年」あらすじ。

 <ビッグ・ブラザー>率いる党が支配する全体主義的近未来。ウィンストン・スミスは真理省記録局に勤務する党員で、歴史の改竄(かいざん)が仕事だった。

彼は以前より、完璧な屈従を強いる体制に不満を抱いていた。

ある時、奔放な美女ジュリアと恋に落ちたことを契機に、伝説的な裏切り者が組織したと噂される反政府地下活動に惹かれるようになるのだが……。
(「一九八四年 新訳版」(早川書房)より)

【読書メモ】グッときた部分。  

二重思考。 

心が〈二重思考〉の迷宮へとさまよいこんでいく。

知っていて、かつ知らないでいることーー入念に組み立てられた嘘を告げながら、どこまでも真実であると認めることーー

打ち消し合う二つの意見を同時に奉じ、その二つが矛盾することを知りながら、両方とも正しいと信ずることーー論理に反する論理を用いるーー

道徳性を否認する一方で、自分には道徳性があると主張することーー民主主義は存在し得ないと信じつつ、党は民主主義の守護者であると信ずることーー

忘れなければいけないことは何であれ忘れ、そのうえで必要になればそれを記憶に引き戻し、そしてまた直ちにそれを忘れること、

とりわけこの忘却・想起・忘却というプロセスをこのプロセス自体に適用すること(これこそ究極の曰く言いがたいデリケートな操作)ーー意識的に無意識状態になり、それから、自ら行ったばかりのその催眠行為を意識しなくなること。

〈二重思考〉という用語を理解するのにさえ、〈二重思考〉が必要だった。
(p56)

 

読んでいると頭が混乱してくるルールですが、今のわたしたちも、「ノー」と言いたいのに「イエス」と言ったり、その決断を「これは正しいことなんだ」と思い込もうとしたり、結構「二重思考」を使ってしまってます。

表情犯罪。

公共の場やテレスクリーンの捕捉範囲内にいるときに、とりとめのない考えに耽る(ふける)のは危険極まることだった。

ほんの些細なことで正体が露わになりかねない。神経性の顔面チック、無意識のうちに出る不安げな様子、独り言を口にする癖などーーつまりは、異常性を感じさせるもの、何か隠し事をしていると感じさせるものはすべて危ない。

何しろ、顔に不適切な表情を浮かべること(例えば、勝利が発表されたときにそれを疑うような表情を浮かべること)それ自体が罰せられるべき罪なのだ。

ニュースピークではそれを表わす罪名までついていたーー〈表情犯罪〉。
(p96)

 
「テレスクリーン」は、監視カメラつきのテレビのようなもの。「ニュースピーク」は反政府的な表現が一切できなくなるように、本来の英語を改編して作られた新しい言語です。

テレスクリーン、今で言うならスマホがそれっぽい。

Siriが突然「怖い顔してますね。なにか悪いことでも考えてるんですか?」なんて話しかけてきたら震えます。

プロールと動物は自由である。

プロールたちが強い政治的意見を持つことは望ましくないのだ。

かれらに必要なのは素朴な愛国心だけ。それに訴えれば、必要なときにはいつでも、労働時間の延長や配給の減少を受け容れさせることができる。

かれらが不満を覚えたときでさえ、実際、そうした状況がないではないのだが、その不満は何の変化ももたらさない。

なぜなら、かれらは全体を見通す考えを持たないので、不満をいくつかの取るに足らない個別の原因に帰着させるより他なかったからである。

かれらはもっと大きな悪の存在には絶対に気づかない。(中略)党のスローガンも言っているーー〈プロールと動物は自由である〉と。
(p110)


「プロール」とは、党や党を支える仕事と関わりのない、一般市民のこと。

国の人口の85%を占めるプロールたちが団結できれば党を倒せそうだけれど、そもそも政治に興味を持たない層なので、党からは「取るに足らない存在」として野放しにされている状態です。

他人ごととは思えない話。

万人に余暇と安定を与えない理由。 

 もし万人が等しく余暇と安定を享受できるなら、普通であれば貧困のせいで麻痺状態に置かれている人口の大多数を占める大衆が、読み書きを習得し、自分で考えることを学ぶようになるだろう。

そうなってしまえば、彼らは遅かれ早かれ、少数の特権階級が何の機能も果たしていないことを悟り、そうした階級を速やかに廃止してしまうだろう。

結局のところ、階級社会は、貧困と無知を基盤にしない限り、成立しえないのだ。
(p293)


党に反旗をひるがえした伝説的な裏切り者、ゴールドスタインによる禁書から。

政治や社会について考えさせないために、 余暇も安定も与えないという党。

今の世の中も忙しい人であふれていますが、これももしかして…。

最上の書物とは。 

最上の書物とは、読者のすでに知っていることを教えてくれるものなのだ、と彼は悟った。
(p308)

大衆はただただ労働し、子供を産み、死んでいく。

プロレタリアを恐れる理由は何ひとつない。

放っておかれたら、彼らは、反抗したいという衝動など少しも持たないどころか、世界は今とは違った風になり得るのだということを理解する力も持たないままに、何世代にも何世紀にも亘って、ただただ労働し、子供を産み、死んでいくことだろう。

彼らが危険な存在になりうるとしたら、工業技術の進歩によって、彼らにより高度な教育を施す必要が生じたときだろう。

しかし、軍事競争、商業上の競争はもはや重要ではなくなっている為、国民の教育水準は実際、下降の一途を辿っている。

大衆がどんな意見を持とうが持つまいが、関心を払う価値もないと思われている。彼らには知性がまったくないので、知的自由が与えられるのである。

一方、党のメンバーの場合、瑣末極まる事柄に関するわずかばかりの見解の歪みですら、見過ごされてはならない。(p322)

【感想】  2020年の今でも「こんな近未来がありえそう」と思えるリアルな怖さ。

新訳版ということもあってか、文体も内容も古さを感じさせない読みやすさでした。

2020年の今読んでも、十分「近未来小説」と呼べる内容だな、と感じたくらい、人間のやること、考えることは変わらないんだな、と感じます。

テクノロジーが進んだ今なら、「一九八四年」の世界よりもさらに上手に大衆を騙して、さらに巧妙に完全監視社会を実現できるんだろうなと思うと、一歩間違えれば充分ありえる内容だけに、シャレにならない怖さです。

ちょうど「一九八四年」を読み終えたタイミングで、イギリスの元首相が「世界政府」設立の提案をしたというニュース記事を見て、さらにヒヤリとしましたよ。

参考:元英首相が「世界政府」を提案 新型コロナ、医療・経済危機に対応:時事ドットコム

ディストピア小説ということで、バッドエンドで終わるかと思いきや、巻末附録「ニュースピークの諸原理」にさりげなく救いがあったので、ほっとしました。(附録は読み飛ばすつもりだったので、解説を読まなかったら気づけなかったと思う)

ジョージ・オーウェルのもうひとつの代表作「動物農場」も読みます。 

ジョージ・オーウェルの著作の中で、「一九八四年」と同じく世界的に評価の高い代表作が「動物農場」とのこと。

私の好みだと、読まずにスルーしてしまいそうなタイトルですが、「動物農場」のあとに書かれた「一九八四年」にも通じる内容だそうなので、近々読んでみます。

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