2021年9月(原書は1月)発行の「メディアの未来」(ジャック・アタリ著/林昌宏 訳/プレジデント社)を読みました。
著者はフランスの経済学者、思想家。過去にソ連の崩壊や金融危機を予測し、2016年米大統領選挙の結果を的中させた人物です。
本書では、歴史をもとに、2021年から2100年のメディア(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、SNS)の未来が予測されています。
フェイクニュースは紀元前から存在しており、重要な情報は権力者(政治、軍事、宗教、商業)が集め、民衆には教えないか、嘘を教える。
情報漏洩もスパイもスキャンダルも、プロパガンダ、検閲、表現の自由との闘いも昔から。
では今後、SNSも含めたメディアはどうなっていくのか。その変化の中で私たちは何をするべきか。
読書メモと感想をまとめました。
- 「メディアの未来」目次。
- 【抜粋】本書で語られている「日本のメディア」。
- 独裁者の出現は阻止できない。
- 新聞の役割は広告に読者を引き寄せること。
- 理性的な報道よりプロパガンダ放送の視聴率のほうが高い。
- テレビは情報を得る主な手段ではなくなった。
- 顧客の情報を把握できなくなった従来型メディア。
- 陰謀論で片付けず、すべてを疑うこと。
- 情報を遮断する時間を持つこと。
- 「自己になる」ための時間を持つこと。
- 感想:情報を受け取る私達が変わるとメディアも変わる。
- 関連記事はこちら。
「メディアの未来」目次。
はじめに
第1章|君主のニュース、大衆のニュース(3万年前から近代の夜明けまで)
第2章|使者の時代(1世紀から14世紀まで)
第3章|印刷革命(1400年から1599年まで)
第4章|近代における活字ニュースの始まり(17世紀)
第5章|表現の自由、ジャーナリズムと民主主義(18世紀初頭から産業革命前まで)
第6章|出版、「大衆の自由の大きな盾」(1788年から1830年まで)
第7章|他人よりも先にすべてを把握する(1830年から1871年まで)
第8章|進歩を活かす(1871年から1918年まで)
第9章|読む、聞く、そして見る(1919年から1945年)
第10章|3大メディアの黄金時代(1945年から2000年まで)
第11章|徹底的に、読む、観る、聴く、触る(2000年から2020年まで)
第12章|情報を得て自由に行動する(2021年から2100年)
第13章|何をなすべきか
第1章から第10章にかけては、3万年前から2020年までの世界の情報メディアやジャーナリズムの歴史を振り返り、
第11章から第13章では、その歴史をもとに2021年から2100年の未来予測と対策がまとめられています。
【抜粋】本書で語られている「日本のメディア」。
本書では第4章で初めて日本が登場します。
日本最古の瓦版。
【瓦版】
・大きな紙に黒インクで印刷されたチラシ。
・戦争、天変地異、心中、仇討ちなどを報じる。
・絵草紙屋で販売。
・行商人が街頭で読みながら販売したので「読売」とも呼ばれた。
・価格は質素な食事代の4分の1くらい。
・確認されている最古の瓦版は1615年のもの
最古の瓦版には、同年に起こった「大坂夏の陣」について書かれています。
明治に誕生した日本の新聞。
第7章で再び日本が登場します。日本の新聞が誕生したのは明治時代。誕生から100年後、日本の日刊紙は世界最大の発行部数を誇るようになったとのこと。
日本の新聞は1861年6月22日、貿易商A・W・ハンサードが週2回刊行の英字新聞『長崎シッピング・リスト・アンド・アドバタイザー』を創刊したことに始まる(この新聞は後に『ジャパン・ヘラルド』と改名された)。(231、232ページ)
1869年に明治天皇が16紙の創刊を認可すると、新聞の数は一気に増えた。それらの新聞のいくつかは現存する。現存するそれらの新聞のうちの2紙は、発行部数が世界最大だ〔1位が1874年創刊の読売新聞、2位が1879年創刊の朝日新聞〕(232ページ)
日本最初の新聞が英字新聞だったり、日本語で書かれていながらも、掲載されているのは海外のニュースのみという『中外新聞』『海外新聞』だったり。日本の新聞の歴史は結構変わっています。
世界で最も読まれているのは日本の新聞。
2021年度の世界の日刊紙の発行部数上位5位には、日本の3大紙「読売新聞」「朝日新聞」「毎日新聞」が入っているとのこと。
2020年、世界で最も読まれている日刊紙は日本の2紙だ。
『読売新聞』(公称発行部数は910万部)と『朝日新聞』(660万部)であり、両紙とも複数の企業や創業者一族が所有している。(401ページ)
ちなみに、2021年1月の公称部数はそれぞれ、
・「読売新聞」731万部
・「朝日新聞」481万部
と、さらに減少しています。
この2紙に限らず、日本の新聞全体の発行部数は年々減少を続けており、直近3年間で700万部余り減ったそうです。
»【参照】「この3年で700万部減」巨大IT企業の"使用料"に期待する日本の新聞社の苦境 「スズメの涙」でしかないが… | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
日本の「情報の自由度」は180国中66位。
国境なき記者団の報告書(ジャーナリストの活動の自由度に応じて180の国と地域をランキングしている)によると、情報の自由度が最も高いのはスカンジナビア諸国だという。
以下、ドイツ(11位)、フランス(34位)、イタリア(41位)、アメリカ(45位)、日本(66位)と続く。
最も低いのは、中国、エリトリア〔アフリカ大陸北東部の国〕、トルクメニスタン、北朝鮮だ。(432ページ)
2021年の報道の自由度ランキングでは、日本はさらに下がって67位。
180国の中でいえば半分より上にいるものの、先進国だけに絞ると31国中28位。下から4番目です。
ちなみに先進国の報道の自由度TOP3は、
1.ノルウェー
2.スウェーデン
3.デンマーク
とのこと。
»【参照】2021年報道の自由度ランキング発表 日本の報道の不自由とは | ELEMINIST(エレミニスト)
独裁者の出現は阻止できない。
報道の自由によって独裁者の出現を阻止することはできない。この構図はその後何度も繰り返される。(182ページ)
新聞の役割は広告に読者を引き寄せること。
「ペニー・ペーパー」の大手2紙(『サン』と『ヘラルド』)は、新聞の役割はニュースを伝えることでも読者を楽しませることでもなく、おもな収益源である広告に読者を引き寄せることだと考えた。
新聞界の2人の大物もこの収益モデルを採用した。(247ページ)
1871年〜1918年のメディアの歴史が語られる第8章より。
100〜150年前ですでにこの有様です。
理性的な報道よりプロパガンダ放送の視聴率のほうが高い。
世界中の24時間連続のニュース番組(とくにレベルの低い番組)を放送するテレビ局は、視聴者の関心を引くために、悲惨な光景を繰り返し放送し、コメンテーターを、その人の専門知識でなく破廉恥な発言を怒りに任せてがなり立てる能力に基づいて選択するなど、なりふり構わない方針を取っている。
これらの放送局の一部は、事実上の「プロパガンダ・チャンネル」だ。極端なプロパガンダを放送するテレビ局の視聴率は、理性的な報道をするテレビ局よりも高い。(418ページ)
テレビは情報を得る主な手段ではなくなった。
アメリカでは現在、情報を得る手段としてテレビを利用しているのは、年齢層別にみると18歳から29歳では12%、30歳から49歳では21%、50歳から64歳では25%、65歳以上では43%と、テレビは情報を得るおもな手段ではなくなった。(418ページ)
ちなみに、日本では「SNSによって情報収集する」と回答した成人の割合は25%に過ぎないとのこと。
顧客の情報を把握できなくなった従来型メディア。
2020年末時点において、(中略)質の高いニュースの提供を維持するためにまだ頑張っている新聞、ラジオ、テレビが存在するとしても、これらの多くの従来型メディアは、クイズ、スポーツ、娯楽、外国のドラマ、ゴシップ、無能な者同士が怒鳴り合う座談会を扱うことによって存続している。
こうした状況を打開するには、従来型メディアは顧客が何を求め、どうすれば彼らに興味を持ってもらえるのかを探る必要がある。
ところが、これらのメディアは、自分たちの顧客の好み、属性、感覚に関する情報を把握できなくなった。
今日、そうした情報を把握しているのは、ケーブルネットワークの事業者、電話事業者、そして何よりSNSの事業者だ。(422ページ)
陰謀論で片付けず、すべてを疑うこと。
自分とは異なる考え方をすることで利益を得る人物は何を考えているかを絶えず自問し、情報源を増やし、政治、イデオロギー、宗教などの影響から遠い人物の見解を参考にし、錯綜した真実を陰謀論で片付けてしまうのではなく、すべてを疑う必要がある。(502ページ)
情報を遮断する時間を持つこと。
次のことを検討すべきだ。情報や個人のメッセージの流通速度を下げる、メディアとの接続を定期的に遮断する、自分のメッセージを承認してくれる人の数という表面的な評価に踊らされない、読書する、熟考する時間を持つ、他者とオンラインでなく実際に会って交流する、想像をめぐらす、夢想する、瞑想するなどだ。(525ページ)
正しい判断を下すには情報を得る心構えが必要だ。その最良の手段は、時として情報を得ないことだ。(526ページ)
情報を断つ必要性については、ニュース断ちのメリットがまとめられた自己啓発書「News Diet」や、スマホやSNS依存の悪影響がまとめられた新書「スマホ脳」でも取り上げられていて、その重要さがうかがえます。
「自己になる」ための時間を持つこと。
孤独を恐れず、生身の他者と積極的に会い、日々の暮らしに最大の価値を見出しながら「自己になる」ための時間を持つことが肝要だ。
情報を得ることも重要だが、己の心の声に耳を傾け、自身の特性を活かして自己を開花させることだ。(526ページ)
メディアに振り回される「他人軸」から離れ、自分の価値観でしっかり立てるよう「自分軸」を取り戻すことの重要性が語られています。
感想:情報を受け取る私達が変わるとメディアも変わる。
▲544ページ。ぶ厚い。
私は今まで新聞を購読したことがなく、2017年にテレビを手放してから今年で5年が経ちます。
いざニュース断ちをしてみると、新聞やテレビがなくても問題ないことに気づき、同時に、ニュースには偏向報道が多いことにも気づくことができました。
日本の新聞とテレビが衰退していくことは察していつつも、じゃあ他国の現状はどうなのか、未来のメディアはどうなっていくのかが気になり、本書を読んでみた次第です。
本書の前半は、「メディアのやることは3万年前から変わっていない」ということの確認で、「じゃあ2021年以降はどうすればいいのか」を語る11章からが本題、という流れになっています。
注目やお金や権力を集めるためにメディアは使われるので、伝えられていることをそのまま真実と思うのでなく、
・その裏でだれが得してるのか、本当の真実を考えてみること。
・話半分で聞く心構えを持ち、できるだけ情報から離れる時間を持つこと。
そして、
・GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)、BATX(バイドゥ、アリババ、テンセント、シャオミ)に独占させないようにする(解体、分割、他社買収させない等)こと。
・異なる価値観にも触れること。
といった対策が語られていました。
「メディアのやることは3万年前から変わらない」と知ると、つい「ひどい話だ」と思ってしまいますが、メディアが変わっていないということは、メディアの言うことを間に受けてしまう私たちも変わっていないということなので、反省しきりです。
3センチ越えの分厚い本ですが、2020年の話も多く語られており、結構短期間に書き上げたのかと思うとその筆力に驚きました。訳者の翻訳スピードにもびっくりです(著者の本を過去にもいくつか訳しているので、慣れているのかも?)。
筆者と訳者がノって書いたのか、新聞やネットなどメディアの話だから頭に入ってきやすいのか、結構スルスル読めました。
私企業が巨大になると、途端に政治や民衆が脅威を感じ始めて規制しようとする動きは、小説「肩をすくめるアトラス」を思い出します。
スマホ依存の悪影響と対策について書かれた本「スマホ脳」では、SNSのいいね機能を開発した本人がSNS断ちをしていたり、タブレットに夢中で離れようとしない自分の子供を見て後悔している開発者のエピソードが出てきました。
新聞やテレビに依存していた時代から、インターネット依存時代に移行している現在ですが、いつの日かそれも衰退していくんだろうなと思うと、その先にはどんなメディアが出てくるのか、それともメディアというもの自体がなくなるのか、気になるところです。